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福岡地方裁判所久留米支部 昭和47年(ワ)100号 判決

(原告)中村享

(被告)国

訴訟代理人 麻田正勝 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

「被告は原告に対し金五二三万円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決ならびに仮執行宣言。

二  被告

主文と同旨の判決ならびに仮りに原告の請求が認容されれば仮執行免脱の宣言。

第二請求原因

一  原告は昭和二〇年八月一五日において台湾高雄市内惟凹子底四二九に土地二分六厘一毛五糸(原告が取得した当時の価額金一万三、〇七五円相当)を所有していたが、終戦の結果、戦勝連合国の一員であつた中華民国は、前記の土地について、原告の所有権を確認の上、日本政府発行の登記済書と引換に、私人財産清冊を交付してこれを接収した。

二  原告は中華民国の厳命により昭和二一年四月強制帰還させられ、原告が昭和四三年二月台湾へ行き、現地調査したところ、中華民国は前記一記載の土地をすでに民間人に払下していた。

三  私有財産は何入といえどもこれを侵害してはならず、また国がこれを公共のために充当したときには相当の補償をしなければならないのに、被告は原告の前記私有財産の接収に対し、原告の引揚以来二〇数年を経過した間なんら補償をしていない。

四  原告の前記土地の現在の価額は接収価格の四〇〇〇倍が相当であるので、原告は被告に対し、前記台湾残置財産の補償として金五二三万円の支払いを求める。

五  台湾残置財産について「日本国と中華民国との間の平和条約」第三条の特別取極をすみやかにするよう原告らは二〇数年間たゆまず請願を続けているのに、被告はこれを放置し、台湾残置財産所有者の救済措置をなんら構じないのは、被告が当然なすべき義務を怠つているのであつて、そのために原告の受けた損害を補償する義務がある。

六  国が昭和三二年と同四二年の二回に亘り政策的に給付したことは引揚者の無の財産に対する措置として了解するも、かような措置をしたからと言つて、台湾引揚者の残置私有財産に対し国の補償があつたとは言えないのであることは明白である。すなわち給付金によつて持てるものも、持たざるものも同一措置で私有財産の補償は解決ずみだとすることは不公平であり、特定の個人の財産でその一部とは言え戦争損害賠償に充当されたのを補償しないのは甚大な不公平である。国が対象物件を補償するには、法律の制定がないから、該当者と雖もその補償請求はなし得ないとするが、法律の制定は国の責任ですべきであつて、国民の責任ではない。従つて国は補償可能な法律を制定の上、私有財産不可侵の原則を誤ることなく完全に遂行することが為政者として執るべき正しい政治のあり方である。

第三請求原因に対する被告の答弁ならびに被告の主張

一  請求原因一項、二項の各事実は不知、同三項の国が私有財産を公共のために充当した時は、相当の補償をしなければならないことは認めるが、その余の事実ならびに同四項の事実は争う。

二  台湾にある日本人の財産については、「日本国と中華民国との間の平和条約」(昭和二七年条約第一〇号)第三条により、その処理は「日本国政府と中華民国政府との間の特別取極の主題とする」とされているのであり、その処理についての具体的内容は、後日日華両国間において、具体的に交渉してきめるということになっているのであるが、今日いまだその取極がなされておらず、従つて、その財産の法的地位は未確定の状態にある。このように、日本人の台湾残置財産については、被告国としては、これを放棄するとか、これに対する中華民国の自由なる処分行為を承認するとかの処分行為をしていない。したがつて、被告国の処分行為の存在を前提として憲法二九条により国の補償を求める原告の請求は失当である。

三  また原告は前記特別取極のないまま今日にいたつたのは、被告国の怠慢によるものであり、この点からも補償義務があるというが、外交交渉というものは相手方のあることから自国の意向のみで容易に解決できるものではない。したがつて被告国としては道義的には可及的すみやかに特別取極を結ぶべく努めなければならないが法的には一定の期日までに締結しなければならないという義務を負わされているものではない。

したがつて、今日いまだ右特別取極がなされていないにしても、被告国はこれによる損失補償の義務はない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

〈証拠省略〉によると、原告が昭和二一年(中華民国三五年)三月二七日中華民国接収入会金校により、原告主張の土地を接収された事実が認められ、右の事実と弁論の全趣旨によれば、原告が昭和二〇年八月一五日において原告主張の土地を所有していたことが認められる。

原告は原告が右の土地を中華民国から接収されたことについて、被告に補償義務があると主張するが、台湾にある日本入の財産については、「日本国と中華民国との間の平和条約」(昭和二七年条約第一〇号)第三条により、その処理は日本国政府と中華民国政府との間の特別取極の主題とするとされているが、その処理についての具体的内容は後日日華両国間において具体的に交渉してきめるということになつているところ、今日いまだその取極がなされておらず、従つてその財産の法的地位は未確定の状態にあるのであつて、このように日本人の台湾残置財産については、被告国がこれを放棄するとか、これに対する中華民国の自由な処分行為を承認するとかの処分行為をしていないのであつて、原告が事実上現に前記土地についての所有権を行使できない状態にあるからといつて、これにより原告の受けている損害は敗戦という事実に基づいて生じた一種の戦争損害とみるほかないものである。

このような戦争損害は、他の種々の戦争損害と同様多かれ少なかれ国民のひとしく堪え忍ばなければならないやむを得ない犠牲であつて、その補償としては、国が政策的に何らかの配慮をすることは別問題として、憲法二九条の規定により当然にこれを被告国に対し請求し得るものではないから原告の主張は採用できない。

さらに原告は、前記中華民国との間の特別取極のないまま今日にいたつたのは被告国の怠慢によるものであり、この点からも補償義務があると主張するが、特別取極に関する外交交渉は内閣の高度な政治的判断事項であつて、裁判所はその交渉経過にまで立ち入つて適否を審判すべきでなく、この点に関する原告の主張は、採用の余地がない。補償を可能にする法律の制定を求めると主張するが、原告の右の主張も本訴の請求の理由としては、主張自体理由がないので採用しない。

よつていずれの点からするも、原告の本訴請求は理由がないことに帰するので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 境野剛)

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